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『ストーナー』って平凡か?むしろ真逆だろ

最近各所で絶賛されている『ストーナー』を読んだ。

宣伝文句としては「これは平凡な教師の平凡な物語に過ぎないが悲しく美しい完璧な小説である」とか何とか。割と「平凡」とか「普通」とかそういった類の表現が強調されていたように感じる。

私にとって平凡映画ドラマエッセイは私の生活に欠かせない一部となっていたため、このような評価がなされた本作については気になっていた。ただ手に取ってみたのだが本作の主人公や物語に対しては全く平凡で普遍的なものとはどうしても思えなかった。

むしろ真逆である。以下ネタバレもあるので気にされる方は下記の項については注意願いたい。

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まず主人公のストーナーは1910年にミズーリ大学の農学部に入る。両親は貧しい農家であるが息子に自分たちのような苦渋を味あわせたくないがために、これからは教養が必要だと身を切り詰めて入学させたのである。

もちろん将来的には息子に対しより建設的に家業を発展させることを期待し農学部へ入学させたのだろうが、しかし彼は一般教養の課程で出会った文学の美しさに身を焦がし親に断りもなく文学部に移り文学の徒として一心不乱にアカデミックの世界に浸ることになった。

その熱心さが見初められミズーリ大学で教鞭を振るうようになるのだがそのためにはさらに数年間の学びが必要になり両親の想いを裏切ることを心苦しく思いながらも文学の魔力にとりつかれたストーナーにはそれを選択するしかなかったのである。

その後は簡単に述べていくが、

  • 内気で地味な性格で描かれていたストーナーはパーティーで年下の美しい社長令嬢(ある銀行頭取の娘だった)に一目ぼれしてから彼女にガツガツアピールし二週間のうちに結婚までこぎつける
  • しかしながら彼女が病的なヒステリック持ちと判明し彼女からはなぜか恨まれ陰湿な家庭内いじめを受け続ける
  • 40代に差し掛かった頃、教え子と恋愛関係になり愛欲にふける、また真実の愛とはなんぞやということを理解する
  • しかしその不適切な関係が学内に広まり、ストーナーと確執のある上司からはそれを出汁にされ教え子は街を去らざるを得なくなる
  • 確執のいきさつとして、その上司が手塩にかけていた生徒の品行をめぐりストーナーは己の信念を貫くべく批判的な態度を取り続けたことでその上司のメンツを潰したことがあった。それ以降ストーナーは大学内では徹底的なまでに冷遇されることになったがストーナーは自身の姿勢を崩さず高貴な心を持ち続けた
  • 数年後悲恋に終わった元教え子は他の大学で研究を続けており、ストーナーは彼女の著作を手にしたのだが、冒頭には「W・S(ウィリアム・ストーナー)に捧ぐ」という一説が携えられていた
  • 娘が大学一年生のころに良く知りもしらない男子の子を身ごもり結婚に至ったものの旦那はその年に戦死する
  • 上記のような苦境がありつつもストーナーは自身の境遇に対し不満も文句も言わずに常に自身の在り方を見つめ続けた

全体的にはこんな感じのストーナーの人生を描いている。なお細かいポイントを見ていくとところどころ違う点もあるだろうがそれはご容赦願いたい。

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やはりこうやってまとめてみても思うのだが全く平凡でもないしストーナーは教師としても優れた教育者であることが描かれている。

ここで私が言いたいのは、ストーナーの人生は普遍的な人生というにはそれとはあまりにもかけ離れているのではないかということだ。つまり宣伝文句と内容はあまり一致していない。もしも彼を凡庸だと表現される方がいらっしゃるとしたらハリウッド映画の見過ぎだと思う。現にトムハンクスによる「これはただ、一人の男が大学に進んで教師になる物語に過ぎない」というような評価が表紙カバーにささげられていた(彼には『かもめ食堂』とか『めがね』とかそういった映画ばかり見てほしい)。

また私が敬愛するオモコロの原宿という男はこの作品に対し「普通さこと、固有かつめちゃくちゃ劇的なんだよな~!」という書評をしている。人生って見渡してみると平凡に思えるけれど色々なドラマがあるのだという彼の想いが展開されるが、確かにそれもそうだなという気がしてくる。近くで見ると何の変哲もないけれど、遠くから見るとどんな人生にもドラマがある。

ただ私はこうも思う、どんな人生でも近く虫眼鏡で観察してみると人々の感情の揺れ動きや些細な変化などが生活そのものであり、その集積がドラマになるのだと。

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ストーナー』では悲しい出来事がたくさん起こるが彼は幸せだったかどうか、正直私には判断がつかないし、自分が彼だったらやりきれない思いで何度死のうかともうことだろうと思う。ただストーナーは物語の初めから最後まで一貫してストーナーであり続けた。私は彼が普通とも平凡とも思わない。